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1999年6月30日(水)
明日より、7の月となる。
時差を考慮すると、日本時間7月1日8:00よりノストラダムス生地での7の月が開始される。
本研究会の存続をかけて、以降一ヶ月は活動日を日曜を除く毎日とし、予言に備える。

1999年7月1日(木)
本日より、7の月となった。
現在特に目立った予兆はない。
まだ7月は始まったばかりだ。部員一同全身全霊でその時に臨む。
日本時間21:52現在 予言果されず。
    ・
1999年7月9日(金)
来週から期末テストが開始される。
校長に申請し、本研究会のみ特例として、今期間の放課後活動を許可された。
但し、退室時間は20:00までとなる。
南の空に変わった雲の形をみつけた。何者かの干渉があったのかもしれない。
日本時間21:55現在 予言果されず。
    ・
1999年7月12日(月)
期末テスト開始。
本活動に参加したもので、赤点教科をとった場合、本研究会は即日解散となる。予兆を見逃さないよう、一定時間ごとに観測を行うが、残りの時間を利用してテスト対策勉強会を実施する。
風がやけに湿気っている。海も破滅へ向かうのか。
日本時間19:55現在 予言果されず。

1999年7月13日(火)
明日よりユリウス暦で換算された「7の月」に相当する。
本日何も起こらなければ、すなわちノストラダムスは1999年時にグレゴリオ暦が採用されていることの予言が不可能だったということなのだろうか。
不安の一石を投じることにはなるが、今後1ヶ月慎重に行動する。
雨が降った。雨に濡れた大王なのか。
日本時間19:56現在 予言果されず。

1999年7月14日(水)
ユリウス暦「7の月」開始。
登校時に隣の犬がやたらと吼えていた。犬は異変に気づいているのかもしれない。
日本時間19:56現在 予言果されず。
   ・
1999年7月16日(金)
本日を以って期末テスト終了。
よって、本研究会活動時間を22:00までとする。
テスト結果に不安の残る者もいるが、それは新学期になってからでないと判明しない。
また、新学期である9月はノストラダムスの予言通りにいけば存在しない可能性が高い。
9月が何事も無くやってきたとすると、予言は果されずすなわち本研究会の解散を意味する。
どちらにせよ、ひと月後には決着がつくだろう。
日本時間21:56現在 予言果されず。
    ・
1999年7月22日(木)
本日より夏季休暇開始。
本研究会は活動時間を17:00〜20:00と定める。
研究室のクーラーが故障した。おのれ大王め。
日本時間19:56現在 予言果されず。
    ・
1999年7月26日(月)
本研究会顧問である鈴木先生のご好意により、天文学部と合同での2泊3日深夜合宿に入る。
屋上に背を付け、パノラマの天体を眺めていると、自分を見失いそうになる。
赤色巨星の退廃光が印象に残った。
予言が果された際はこの地球もあのように、深く、赤く、輝きを放つのだろうか。
日本時間25:34現在 予言果されず。
    ・
1999年7月31日(土)
本日をもってグレゴリオ暦での7の月が終了する。
予言はユリウス暦で果されることになるだろう。
誤差の範囲内だ。
研究室内の温度が37度を超えた。異常気象はあらゆる災害の前兆だ。
日本時間19:54現在 予言果されず。
    ・
1999年8月2日(月)
昨日は三流テレビ番組で予言を軽んじる発言が多く見られた。
日本は独自の旧暦という文化も忘れたように、ユリウス暦をも視野に入れないのだろう。
まだ7の月は続く。
最近犬が静かだ。世界の行く末を達観しているのか。
日本時間19:58現在 予言果されず。
    ・
1999年8月11日(水)
本日を以ってユリウス暦8月が終了する。
ヨーロッパでは皆既日食が発生したらしい。日本では起こっていない。
誤差を考慮し、明日経過観察の猶予とする。
日本時間19:59現在 予言果されず。

1999年8月12日(木)
本研究会は本日を以って解散。

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 きっと明日には忘れてる、グレゴリオ暦。


「ってか痛ッ!」
 薄ら寒さすら感じて、思わず自分で体を抱きしめる。
 途端に忘れかけていた狂った秒針が気になり始めた。
 確かに研究してたっぽい活動内容になってる。本気が伝わってきて、それが異様さをかもし出す。
 怖い。怖すぎる。
 伊藤でも誰でもいいから、一人にしないでください頼むマジ勘弁。
 腕をさすって冷えた体に暖をやっていたら、ハッと閃いたので電話をかける。
 何度かのコールの後、ようやく会長に繋がった。
『なんだ──』「ちょっと会長!こっちきて!ノスが!ノス研が!!」
『はあ?なに意味の分からんこと言ってんだ』
「とにかく!ノスがえらいことになってんのよ。暇なら来てよ!」
『暇じゃない。じゃあな』
 プツッ。ツーツー。
「ばかあ!!!」
 勿論声は届かない。
 会長には後で仕置きするとして、やっぱり外界の声を聞くと落ち着いてくる。
 えもいわれぬ恐怖の代償として、知りたかった8月12日の謎はあっさり解けた。
 予言にバッファをもたせる時点で、恐ろしい執念を感じる。
 すごく諦めが悪いこの人たち。

 あたしは震えながらも奇妙な興奮を覚えて、写真を改めて見直した。
 やはり彼らの嘆きは深く、同年代の男の子たちがこんなに感情むき出しにしているのはみたことがない。
 ノストラダムス、恐るべし。
 一枚一枚ゆっくりとめくり、ノストラ事変に踊る人々を堪能することにした。
 撮影者の腕がいいのか、ものすごく臨場感たっぷりに刹那の激情が切り取られていて、無駄に才能つかわれてるなあと感心してしまう。
 多分部誌にも出ていた去年定年退職した鈴木先生が撮影したのだろう。あたしが大好きだったおじいちゃん先生で放課後よく一緒にお茶したものだ。先生は大切にしているライカで、最後の勤務の日も自分そっちのけで生徒の写真ばかりを撮っていた。
 さすが長年高校生を見てきただけある。
 被写体の輝きがリアルそのものなのだ。
 その中でふと、
 あたしは手を止めて、その一枚に魅入ってしまった。


 それは緑の黒髪をもつ少年だった。
 屋上で撮影されたのだろう、茜色に照らされた街並み。
 下唇をきつく噛み、睨む様に夕空を見上げた横顔。
 白皙の頬には涙が一筋。
 感情を堪えて堪えて、それでも溢れてしまっただろう雫が翳りゆく日に光っている。
 そのあり様は。
 それはそれはもう。
 とてもつもなく綺麗で。



 胸がとくんと鳴った。



 こんなに、激しい感情を内に秘めて、静かに密やかに涙する人がいるのか。
 凛とした瞳の奥には、やるせなさとむなしさと、抑えきれない熱情が揺らいでるように見える。
 仮面を作って優等生ぶるあたしなんかには、この人の本気の涙がひどく崇高なものに感じた。
 美しい人。
 こんな涙を流せるなんて、きっと心も美しい。
 ただ唯一惜しむべきは───
 この涙が、ノストラダムスによってもたらされたって事だけど。

 それでもあたしは、今まで経験したことのない胸の鼓動を感じていた。
 心臓が、喉を塞ぐように苦しい。
 横顔だからなのか。
 こっちを見てほしいと、あたしに気づいてほしいという欲求がこみ上げてきた。
 誰だろうこの人。
 すごく気になる。
 あたしは焦燥感に追い立てられるように、手がかりを探して箱の中をあさり始めた。



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