なんであたしが伊藤が二人でごみ掃除しているかというと、そんな訳で。
 会話もなくひたすら黙々と、ダンボールを開けちゃー廃棄、保存、移動を繰り返している。
 この部屋に来る前は、「女子生徒と二人だとやばいなあ」なんて思ってもいないことを、仮面を被った薄ら笑いで言っていた伊藤だが、あたしが全く反応を見せないのが分かると逆に安心したのか、似非顔をやめたようだった。
 この部屋は行き場の無い部活動用具をただひたすらに置いていた倉庫なので、ほとんどカオス状態といえる。一日やそこらじゃ終わらない予感がたっぷりだ。
 そして伊藤がかなり使えない。
 奴はこの学校の卒業生なので、在籍していたころの備品や、生徒の写真を見つけると手をとめて見入っているのだ。
 多分、似非を続けていればある程度立ち働いたと思う。
 昔の写真とか見られるのは伊藤にとっては避けたい事だろう。
 あたしが奴の動向を気にも止めないので、奴も気を抜いてプライベートに近い学生時代に思いを馳せているのだ。
 こいつさえいなければ、今日はさっさと帰って、明日にでも1年呼びつけて掃除させるのにそれすらも叶わない。
 音楽系部活のために空ける部屋だけあり、ここは半防音となっていてただでさえ人気のない終業式の放課後は吐息が聞こえるほど静かだ。
 遅々として片付かない部屋の惨状を表すように、ただひたすらあたしの苛々が募っていく。
 静まり返った部屋の中で、長年放置されているのか、狂った掛け時計だけが不規則に秒針を動かしている。
 チックチックチ・・・ックチチチチチ・・・・・・・ックチックチックチチチ・・・
 調子っぱずれの音が嫌悪感を加速させる。
 限界、耐えられない。
 会長曰く潔癖症であるあたしは、こういう来るだろう時に来ない音とか身の毛がよだつ。
 だいたい嫌いな奴と同じ空気を吸うのだって必死で耐えていたのに。
 ───適当な言い訳作って帰ろうか。
 そう思っていたとき、放送が入った。
『伊藤先生。伊藤タカフミ先生。会議を行いますので第2会議室へ起こし下さい』
「あ?もうこんな時間か?」
 伊藤が埃で汚れた手を払い、腕時計を見た。
 そんな仕草すら美しい。むかつく。
「悪い。俺、これから会議なんだ。7時までには終わるから、ちょっとやっててくれるか」
「はい。わかりました」
 にっこり、とまた似非似非しい張り付いた笑顔を伊藤は見せたが、あたしが無表情のままなところをみて、軽く目を見張った。誰も彼も自分を好きだと思うなよ。
 ちょっと怪訝な顔をしたまま、伊藤が部屋を出て行く。
 そのやりとりがあったから、結局あたしは「先に帰ります」って言い損なった。自分の中の優等生の仮面が邪魔をして。
 つくづく伊藤はむかつく奴だ。
 それでも奴のいない空間ならサボってられるから、少しはマシかと思い直して、掛け時計の電池を抜く。
 そうして、あたしは机にうつぶせて寝るためにゴミをどかし始めた。



 30分ほど居眠りしただろうか。
 携帯のアラームをセットしておいたので、伊藤が戻る前に目が覚めた。
 これから「ずっと作業をしていました」風に荷物を広げなくちゃいけない。いまのままじゃ伊藤がでていってからと大差ないだろう。
 あたしは掛け時計に電池を入れなおし、また狂った秒針を響かせているのを確認する。  そして、手前にあるダンボールが積まれまくってできた塔を、幾つか下ろして2段にした。それだけで、一見大きなものがなくなったかのように見える。あとは一つくらい開梱してそれっぽく見せかけて、と思ったときに、崩したダンボール塔の奥にあるもう一つの塔に気になるものを見つけた。

 なんだろう、あれ。



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