「みんなして伊藤かばってさー。なんなのよ」
「お前、伊藤先生のことホントに嫌いだな」
「なんで嫌いじゃないのか不思議なくらいだよ!」
 会議終了後、生徒会室に戻ってから会長相手に思わず愚痴ってしまう。
 あの場にいた生徒4人のうち3人が庇った瞬間に乗り遅れるなんて、あたしが薄情な奴にみえるじゃないか。
「お前は潔癖症だなあ」
「そんなんじゃないよ。あののらりくらりした態度が嫌いなの。優男の仮面がミエミエなんだもん。こっちに踏み込んでくるんじゃねーよって思ってるクセに」
「そうしないと、もっと大変なんだと思うけどな。あの先生は」
「なんで」
 人の心に聡い副会長が続きを説明してくれる。
「ある程度空気の読める子は、どんなに先生を好きになっても相手にされないの分かるから自然と諦めるんだよ。保健室に行く子とかね。たとえ本人が盲目になってても、周りが諌めるだろうし賢明だと思うよ、あの仮面は」
「普通にプライド持ってる奴は馬鹿にされるのが分かるからな。不純な気持ちさえもたなければ、伊藤のほうも優しくしてるだろう」
「ただあそこまでプライベートが闇だと知りたくなってのめり込む子もいるだろうねえ」
 会長、副会長の二人から丁寧に説明されても、なんとなく納得できない。
 なんてゆーか。本気への嫌悪感?みたいなものが奴からは感じられる。子供がナマ言ってんじゃねーよみたいなあざけりはない。どちらかというと、俺にかかわるな、みたいな。
 ある種硬派ともいえるくらいの徹底ぶりだ。
 まあヘタに高校生に手を出されても困るけどね。
 ってなんとなく伊藤寄りになってきたので思考を停止する。
 あたしは伊藤にどんな理由があっても、誠実でない奴は許せない。
「私には分かりませんが、そんな事まで感じ取れるのにそれでもなお、恋してしまうものなのですか」
 会計が怪訝そうに言う。
 あたしも会計も花の女子高生の割には恋愛に縁遠い。恋する少女の悩みなんてさっぱり分からない。恋愛経験ありげな会長達のほうがよっぽど親身になっている気がする。
 そうだな、と会長がぽつりと答えた。多分──
「───恋に落ちるのなんて簡単なんだよ。相手の気持ちなんてどうでもいいほど」
 それがやけに訳ありげだったので、その話題は終わりとなった。



 その後バレンタインのチョコ持込は全面禁止された。伊藤の件が生徒に漏れることがないように細心の注意を払い、過去に手作りチョコによる中毒事件があったように噂を嗾けて偽の理由をでっち上げた。
 当然、生徒達からの非難も生まれたが、生徒会特別予算で全校生徒分の飴を配布してなんとか沈静化を図った。
 また、伊藤は予定通り病欠となり、その日の授業は自習になった。


*************


「かいちょーう。かーいーちょーう」
 明日から春休みだ。なんだかんだで生徒会は学校に来なければいけないが、あたしは今日のうちに会長に話しておきたいことがあった。
「むかつく教頭、黙らせたいから。許可お願い」
「なにか出てきたのか?」
 会長が眉間にしわを寄せて、あたしを睨むように見た。会長はあたしのお願いにいい事が無いのを良く知っている。
「学校のサーバにハッキングしたの。あいつ、教師が出払った授業中にアダルトサイトばっか見てる。有料の」
「……いつ分かった?」
「昨日。請求は学校の隠し口座から落ちてた。元は例の消耗系備品から回した横領金」
 例の、とは会計が影で調査していた学校予算の不備だ。さっき確認したら金額も時期もほとんど一致した。
「情報漏えいは大丈夫か」
「多分。有料なだけでアングラとかじゃないみたい。あいつビビリだから。ひとまず解約してあいつのPCでネット接続できないようにしておいた。多分それで奴の知能は追いつかないんじゃない?」
 あいつの行ったサイトサーバから履歴をいちいち消すのは流石にめんどくさい。
「だからさーかいちょーう。ゴーサインだしてよー」
 あたしがじっと見つめると、会長は渋柿を食べたように顔をゆがませながら、それでも頷いてくれた。
「それなら詳細プリントアウトしておいて。僕が行く」
 副会長も交渉を引き受けてくれたので、データを出力するようキーボードに指を滑らす。
 例えダメ教頭でもヘタに脅しすぎてやめられたら後釜がいないので困る。ましてや心のビョーキになられるともっと困る。
 最良なのは無害の状態に持っていて、その地位的権力を生徒会に譲渡させ、雑務を引き受けさせながら定年まで居座ってもらうことだ。
 あたしは追い詰めることは得意だけれど、どうにも攻撃しすぎて温い解決に持っていけない。生かさず殺さずってことができないんだ。
 その点副会長は柔和温厚隠し爪でネゴシエーターとして最高の話術を持つ。
 あたしが調べて、会長は精査して許可を出す。副会長が交渉して、その後は会計が被害を最小限に留め、生かす部分は最大限に。
 そんな風にしてあたしたちはやってきた。
 副会長は仕事が速い。
 明日には教頭も大人しくなるだろう。
「なんでハッキングしたんだ?」
「教頭うぜーと思って。ドンピシャでびっくりだよ。伊藤からはなんもでてこなかった。授業関連の勉強サイトばっか」
 つまんねーの。
 そう呟くと、会長が嫌そうな顔を隠さずこちらを見て言う。
「お前に目をつけられた奴はかわいそうだな」
 生徒会最高権力者の割にたびたび面倒事を背負い込む男は、あたしに目を向けたまま苦労の滲むため息を吐いた。


 さて希望が叶ってすっきしたところで、あたしが帰宅準備をしようとすると、会長が声をかけてきた。
 空き教室のごみ整理だ。
 4月から新しくコンピュータミュージック部というのができる。軽音も吹奏楽もあるのに。  そのために部室として与える部屋を探していたのだが、条件にあう場所が倉庫状態になっているのだ。それは前々からいつか片付けないとなあと、誰かが立候補するのを全員が全員で待っていた。
「なんであたしなの?!」
「俺、年度末の活動報告とお前が嗾けた教頭の息が掛かった人間の洗い出し。会計、年間予算作成とお前が暴いた横領金の確認。副はお前のおねだり交渉。さて暇なのは誰だ?」 お前、を強調するところが嫌味だ。
「1年にやらせてよー」
「もう帰しちゃったしそれに無理。あの部屋の責任者伊藤先生だから」
「だからってなにさ」
「今日は確認のため先生立会いでやってもらわなくちゃならないんだ。うちの恋愛経験なし子ちゃん達じゃあ2人になったときヤバイ」
 ヤバイのは伊藤が悪さするわけではなく、1年のほうがフェロモンにやられる可能性のことだろう。
 その光景がありありと想像できて苛つく。
 あたしが思わず黙り込むと、ここぞとばかりに会長が畳み掛ける。
「お前なら適任だ。伊藤先生に落ちないだろ?」
 落ちたらどうすんのよ、と言いかけて止めた。
 ありえないのは自分で承知済だ。



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