顔 が。



 今井の言った大地震が起きなくても、あたしはとっくに今井を好きになっていたので。
 あたしたちはゲー友からコイビトになった。
 だからといって夜まで笑いあって過ごす事はなく、今までと同じように夜が来る前に帰る。
 それが少し物足りないときもあるけれど、1年友達してきた今井とそーゆー関係になったところで、ハイそれでは夜から朝まで一緒にイマスカってなるのもなんか違う気がする。
 それにあたしはどうにも恥ずかしくってこそばゆくって、実際、今井と目が合うだけで速攻顔を逸らしてしまうような状態が続いている。まさか自分がそんな風になるとは思っていなかった。
 今井相手に、だ。
 目が合ってるか合ってないかなんて今まで気にしたこともなかったのに。糸目だなあって思いながらしみじみと眺めていても、照れなんて全然なかったのに。
 今日とか、学食の賑わいに紛れて横目にちらっと見ただけなのに、今井があたしの視線に気づいて細い糸目をもっと細く垂れさせようとしているのが分かって、見ていられなくなってしまった。
 「ゲームしよ!対戦しよ!!」
 そういうときは、ゲームをしてしまうに限る。近くに気配を感じても、視線は画面に向けられるから。
 ああムードなんて欠片もないけれど、色々あたしは限界なのだ。今井の顔が。
 かなりの重症だ。


「うわっ。揺れてるな」
 大学からの帰り道、隣で今井がまた揺らされている。一緒に歩いていてもそこには拳2つ分くらいの距離があるので、震源地今井の揺れは今井だけのものだ。相変わらず毎日のように揺らされている。
 通行人をきょろきょろ見て、危険はないと確認してまた歩く。今井の、その一連の動作のときだけはあたしも冷めた気持ちで見ずにはいられなくて、目を眇めて今井を仰ぐ。
 すると、今井はすぐこちらに気づき視線をあわせるやいやな、へらり、と笑顔を浮かべようとするので。
 思わず、条件反射で顔を逸らした、ら───

「ちょっと待ったあ!」
「いったーーーーーっっ」
 いきなり頭に物凄い力がかかって横に向けられる。首から鈍い音がした。滅茶苦茶痛い。筋が痛い。
「あ、ごめん…」
 頭、というか顔から温度が消える。今井の手が離れていったみたいだ。あたしの顔を覆えるくらい、大きな手のひらだった。
「───なんなのよ一体」
 あたしは無理やり曲げられた首を元に戻し、軽く回しながら問いてみた。声が知らず低くなってしまうのはしょうがないと思う。痛いんだし。
 その声色に何か思うところがあったのか、今井がもごもごと話しはじめた。
「だってさ。だってお前さあ。…なんかさあ、これってさあ…」
「キモイ!さっさと喋る!!」
 歯切れの悪い物言いと、首の痛みが相まって癇に障り、思わず叱ってしまった。
 どうにもこうにも、今井はたまにあたしをキレさせる。あたしも今井が怒らないのが分かるので、結構簡単にキレてしまう。嫌な傾向だ。
「ほら、早くいいなさいよ」
 あたしがそう急かすと、今井はようやく重い口を開き始めた。


「……だからさあ。昨日だって今日だってさっきだって、というか最近ずっとさ。お前、俺と目が合うと逸らすじゃん。すぐ。思いっきり。最初気のせいかなって思ったんだけど、ずっと続くから──もしかしてさ、付き合うことになったの、本当は嫌だった、の、かな、って……」
 語尾が掠れて聞き取れないくらいだった。
「何、言ってんのよ…」
 告げられた内容に、愕然とする。
 目を合わせないようにしてたのに気づかれていたのもちょっと驚いたけど。今井、ぼけぼけした男だし。でもなんで?嫌とかそういう風に見えちゃうの?
「そんな訳ないじゃん」
 全然ない。
 それなのに。だってさあ、と今井は、だってを繰り返す。ぽつりと。
「全然、顔見れないし。俺のこと見るのも耐えられないくらい嫌なのかと…」
 ちっがーう!あたしは周囲も気にせず、声を張り上げてしまった。


「恥ずかしいの!照れてるの!そのくらい分かれ、バカ!」


 バカッ!ともう一度叫んで、今井をキツク睨みつける。
 はあはあと、なんだかものすごい運動した後みたいに息切れがする。今井が寂しそうな声なんか出すからこんなこと白状する羽目になるんだ。バカ。
 火照ってきた肌に秋風が気持ちいい。
 それでもあたしの突然の大声に、今井がぽかんとしているのがありありと見て取れて、なんだかまた無性に苛立ってきた。ああ、周りの人が気にしていないようでよかった。
「返事はっ?!」
「わ、分かっ…た」
 よし。
「じゃあもういいよね。もうちょっと暫くは続くかもしれないけど勘弁して。慣れるまで」
 そしてさっとまた顔を逸らす。
 気持ちが落ち着いてくると、ふと思う。
 暫く、と言ってみたものの、自分でも一体いつ慣れるんだろうって心配になってくる。
 もう随分みてない気がする。今井の、へらり、を。
 気に入ってるんだけどな、あの表情。
 なんとなくしんみり感じていると、今井がちょっと拗ねたような声で言った。
「じゃあ。俺のお願い、イッコ聞いてくれない?」
「…………内容に、よる」
 お願い?なんだろう。
 ってアレか?アレなのか?いや、ここ道だし。駅前だし。じゃあなんだ、おごるとかか?マックくらいしか無理だぞ。いやいや、コイビトのお願いってアレしかなくないか?
 あたしが少し動揺した頭のなかでぐるぐるぐるぐる考えていることなどお構い無しに、今井は意味が分からないお願いとやらをした。

「一日一回は。顔、見せて」

「はあ?」
 訳わかんないんですけど。
 今見てんじゃん。隣にいるんだし。毎日会ってるじゃん。
 そう言うと、今井はわざわざなっがい体をぐんっと曲げて、背けたままのあたしの顔を覗き込むようにして。

「俺。お前の顔、好きなの。正面から、しっかり見たいの」
 一日一回は少なくとも。
 本当はずっと見てたいの、我慢してるんだ。

 限界まで見開いた元糸目と少し引き締しめた唇が、今井の本気を物語っていて。


 ───あたしはあっさり撃沈。


 今井の願いが叶えられたかどうかは二人だけの秘密だ。





顔が、見たいんだ。
少しでいいから。いや、ほんとはずっとなんだけど。



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