マグニチュード今井



 今井はいっつも何かに揺らされている。
「あれ、いま揺れてね?」
 地震じゃね?ときょろきょろ周りを見渡すが、9割9分地震などない。
 なにを一人で感じているのか、とにかくしょっちゅう「揺れてね?」なのだ。
 震源地お前、震度お前だっつーの。


 今井とあたしは同じ大学で違う学科の友達だ。
 サークルも入っていないあたし達がなぜ知り合ったかというと、文化祭でのイベント、ゲーム大会の決勝で対戦したからだ。
 あたしは落ち物ゲーでは無敗を誇っている。高校も大学も、片田舎にあるうちからはちょっとした旅並みに長時間電車に乗っていかなければならないほど遠い。それで通学の暇つぶしに携帯ゲームをやりこんでいたのだ。
 決勝戦で初めて今井を見たとき、勝てる、と思った。
 開けてるんだか閉じてるんだかわからない糸目と、それをよりいっそう埋没させる、勝負への闘争心のない、しまりが全くない表情をしていたからだ。後から知ったのだが、その顔は彼のデフォルトのようで、仲良くなった今でも眩しいのか笑っているのか分からない時がある。
 そんな顔とは裏腹に、今井はとても強かった。
 予想以上にお互いの実力が均衡し、決定打に欠けたまま時間が過ぎていく。ゲームの難易度はどんどん上がっていき、あと一手どちらかがミスすれば勝敗が決まる。そんな状況にまでなった。
 澄んだ秋空の下で対戦を見守る観客も、勿論あたしも、かなりヒートアップしていたその時───

「うわっ」
 隣で小さい呟きが聞こえたと思ったら、ビクッとなってあたりを見回す今井がいた。
 その一瞬の逡巡が命取りとなったようで。
 軍配はあたしに上がった。

 単なるゲームとはいえ、大学が所持する一番大きく高そうなテレビを使った上、優勝商品がipodとwiiというそれなりに豪華なものだ。この大会は文化祭におけるメインイベントの一つという位置づけだったのようで、対戦が終了してもなお、会場は多くの観客に囲まれていた。
 そのお祭り半分の雰囲気に流されるように、あたしと今井は勝利者インタビューだとか敗者の言い訳だとかをマイクでしゃべらされてしまった。
「勝てるとは思ってましたよ。なんてったってこの美貌ですからね。並みの男じゃあこの魅力に太刀打ちできるわけないってもんですよ。あははははは」
 賞品に釣られて参加したものの、ピエロになっているのは重々承知しているので、あたしはひとまずお客が喜ぶだろうコメントをした。
 この美貌が、どの美貌をさして、どの口で言うのかなんて非難は置いておくとして。
 狙い通り、ちょっとした爆笑──多分どこにあんだよ美貌がよっていう意味で──をいただいたが、今井の敗者インタビューによってその暖まった空気はぬるま湯くらいまで温度を下がることとなる。

「あれ?地震なかったすか?めっちゃくちゃ焦った。震度4くらいっすかね」

 あたしも観客も一瞬「何言ってんだコイツ」となったが、そういえば興奮状態にあったし、気づいてないだけなのかもしれない、震度4ってかなり大きいな、そう思い直して周りを見回した。
 が、案の上地震などなかったようで、観客がずっと持っていたこぼれそうにジュースの入ったコップからも一滴として溢れておらず、普通に立っていた。
 今井の、震源地今井伝説は1年経ったいまでも語り草にされている。


 それからというもの、お互いゲーム面では他に類をみない好敵手であったので、時間があいてはゲーセンに行ったり、学食の片隅で対戦し続けたりという色気のない友人関係になった。
 あたしと今井が一緒にいると、大会を見ていた奴らが「今日は地震起きてないのか?」と冷やかし半分で声をかけてくる。けれど今井が、
「さっき揺れてたじゃねーか。超びびった。こいつ、平然としてんだよ。スゲーよ」
とあたしを指差し、いつもはあるんだかないんだか分からない糸目をカッと見開いてまで真剣に語っているから、あたしはめちゃくちゃ恥ずかしくなる。
 スゲーのはバカなお前だ。



 あたしたちは秋に出会って、冬にちょっと距離を縮めて、春には桜の下で対戦、うだるような暑い夏は時にゲームをやめて木陰で二人、汗だくになりながら風を探した。

 そしてまた秋が来た。

 昼の時間が短くなると、家の周りに外灯が少ない田舎暮らしのあたしは早く帰らなくちゃいけなくなる。
 本当は、夜までなんにも気にせずに今井とゲームしたり、勉強したり、またゲームしたり、揺らされてるのを笑ったり、なにもせずになにもなくても笑いあったりしていたい気持ちがある。
 でもあたしと今井はゲーム友達で、良いライバルで、二人でいるときの空気がとてもまるいから、あたしはそんなことを言い出せない。



 そして、今日も今日とて今井は一人何かに揺らされていて、それを白い目であたしが見ていた後のこと。

「でもさー俺、もし大地震起きるなら大学にいるときがいいなあ」
「何いってんのよ。電車止まったら家に帰れなくなるじゃん。大学近いあんたんちはいいだろうけどさあ、うちみたいな越県組のこと考えてよ」
 だいたい不謹慎だっつーの。
 唇を尖らせて、あたしは今井を睨みつけた。
 それを見た今井は、なぜか照れたように笑って、あたしに言った。「だからさ───」

「電車止まったらさあ。お前、俺んち来てくれるかも知れないじゃん?」
 お前怯えてるかもしれないじゃん?
 そうしたらさ。
 俺、すっごくお前のこと慰めるし。
 守ってあげるし。
 そしたらお前、俺のこと───。


 好きになってくれるかもしれないじゃん。


 へらりと笑うとぼけた顔が、耳からどんどん真っ赤に染まっていくさまをみていたら。
 その高揚があたしにも伝わってきて。



 マグニチュード今井のエネルギーが。今、あたしを揺らしはじめた。







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