副会長、友を語る




「暇じゃない。じゃあな」
 そう言って悟が飯島からだと思われる電話を切った。
「飯島なんだって?」
「ノスノス叫んでた。どうせつまらんことで一人盛り上がってんだろ」
「何?ノスノスって」
「知らん」
 悟はそれで話を打ち切りとばかりに大仰にため息をつき、パソコンに向かい始めた。

 飯島はいつもくだらないこと(悟にとって)に人一倍興味を持ち、悟にそれを強要する傾向がある。利きシリーズに嵌っていたときは、利き牛乳から始まり、利きコーヒー牛乳利きいちご牛乳利きバナナ牛乳利きメロン牛乳と乳製品流しで利かされていた。
 悟は牛乳好きだったので当初喜んで飯島と利き合戦していたのだが、いちご牛乳のあたりから物凄い抵抗を見せ始めた。フルーツテイストと牛乳のコラボが許せないらしい。
 僕は好きだけどな、グァバ牛乳。
 ただ、悟の拒否理由がくだらないこと(飯島にとって)だっただけに、飯島はそれがとてつもなく気に食わなかったらしく、報復行動に出たんだ。
 どんな報復かというと、それは物凄かった。地味に地味に凄かった。なにがってなんといも言えない凄さだった。洋服の襟元についているタグが何となくちくちくするのと同じくらい決定打にかける緩い嫌がらせが一週間続いた。

 飯島の機嫌を損ねるとヤバイ(なぜか悟だけ)。
 切り替えが早いのは悟の美徳だけれど、ダメな点でもある。
 飯島に関してはそう簡単に忘れちゃいけないんじゃないかな。

 飯島の電話、無視して大丈夫なのかなあ。そう僕が思っていると悟も何か思い出したようだ。目玉が小刻みに動き始めている。恐慌状態一歩手前だ。
「俺、今から行ったほうがいいかな。それとも帰るべきか?」
 僕に聞かれても困る。
「今は飯島のところへは行かないほうがいいかも。迎え撃つ準備してるとアレだし。先に帰って明日朝駆け食らうか、今日夜帰って闇打ち食らうかどっちかじゃないかなあ」
 悟はたっぷり1分悩んだあと、美徳を発揮して残ることにしたようだ。
「どっちにしろやられんなら仕事する」
 こういうところ、本当に凄いと思う。
 適応力が高いんだ。そして受け止めるだけの精神的包容力がある。


 悟はチキンだけど、ずっとチキンのままではなくて。弱いけど強い。
 飯島が甘えるのも分かる。嫌がらせは構ってほしい証拠なのだから。


 ただやっぱりチキンはチキンで。
 夜は僕が一緒に帰ってあげた。悟曰く、道に落とし穴とか掘られてたら助けが必要だから。朝は僕と一緒に登校。
 けれど僕と悟の予想に反して、その日飯島は終始ご機嫌でにこやかで楽しそうで、悟はダメな点をあっさり発揮させて忘れてしまった。つまりは警戒を解いてしまった。
 飯島の粘着質を見くびってはいけないのに。悟は愚かだ。


 翌日、悟が泥まみれになりながら遅刻してきたのは自業自得といえる。


 それでもひとしきり飯島に文句を言った後、置きジャージに着替えるとあっさり忘れて仕事に励む悟を。
 僕はこれでも本当に尊敬している。



副会長、友を語る。
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