副会長の素朴な疑問




 最近、生徒会書記の飯島香奈子の様子がおかしい。
 会長であり僕の友人の悟にそのことを告げると、
「あれがおかしいのはいつものことだろう」
と一蹴された。
 まあ、悟の言うことはもっともだ。
 飯島はなんというか、二重人格をとしか思えない性格をしていて、教室での友人と話している姿と、生徒会で暗躍(としか言いようが無い)をしている時とは天と地ほども違う。
 彼女はトップクラスの成績を誇る優等生であり、明るく朗らかで、かつそこそこの可愛いので友人も多い。
 けれどその数多い友人も担当教師もほとんどは多分、知らないだろう。
 購買のパンの種類が増えたのは、彼女が仕入れのおばさんの耳元に2ヶ月間「うまいパンがねぇんだよ」とつぶやき続けたからであり(僕も種類が増えて嬉しい)、文具の値段が安くなったのは、彼女が業者のピンはね価格をねちっこく調べ上げたからであり(交渉したのは僕)、昨年女性教師が一人途中で退職したのは、教師が隠れてバイトに行っていたキャバクラに電話しているのを彼女が廊下に仕掛けた盗聴マイクで拾ったからであり(追い詰めたのは僕)、喧しい教頭が生徒会の下僕になったのは、飯島のハッキングの成果だったり(これまた対峙したのは僕)。

 確かに飯島はアレな点が多いし、恐ろしく粘着質な上に攻撃的、しかもその手段はちょっと犯罪の香りも漂ってくる。

 けれど、最近の飯島はおかしさが違うんだ。

 頭に花が咲いているっていうのかな。浮き足立ってる。今日だってさっさと書記としての仕事を終えた後なにやら怪しい雑誌を読みふけってると思ったら、鼻歌スキップで嫌がっていた部室掃除に向かって行った。
 手伝いますと言ったけなげな1年生に対して「来たらぶっとばす」となぜか脅しもかけていたぐらいだ。
 お陰で1年が怯えて仕事にならない。

 僕は色々疑問に思って飯島が置いていった雑誌をなんとなしに見ると。


   <キリストは日本にいた!総力取材古文書の謎を追え!!>


 ……やっぱりなんかおかしい。
 僕はその雑誌を持って、悟のところへ行った。
「ねえ悟。これ飯島のなんだけど、なんかおかしくない?」
 悟は雑誌を受け取り、ぱらぱらと興味なさ気にめくる。
「きっと誰かの裏をさぐってるんだろう。ほっておけ。あれに関わったところで面倒が起きるだけだ」
 ぽいっと雑誌を僕に返してくる。
 悟は飯島に距離を置く努力を欠かさない。彼女が生徒会役員として優秀であり、趣味の延長のような諜報活動の実力を認めているのに。
 ──その力のベクトルが自分に向くのが怖いのだろう。
 どうにも悟はチキンなところがあって、それはそれで下につく者として操りやす…否支えてあげたくなるのは確かなのだけど、本人は自覚無しに逃げようとだけするから後々面倒ごとを背負い込んだりしてしまう。
 結局僕らも巻き込まれるわけで。
 まあ悟がいいって言うならほっておくか。
 痛い目みるのは結局悟だ。
 僕は自分の席に戻ると、新入学生の名簿を作成し始めた。
 飯島に渡しておくと、家族構成から趣味から犯罪歴から恋愛経験までいつのまにか色々追記してくれるので、問題が起こったとき楽なのだ。


「ねーかいちょーう」
 そろそろ帰ろうか、というころ飯島が掃除から戻ってきた。
 悟は早くもびくついている。
 飯島が「かいちょーう」と言う時はまず、碌なことがない(と悟は思っているようだ)。
「なんだ。もう今日は許可しないぞ」
 それでも聞いてあげるのが悟の美徳にして駄目なところだ。
「土日暇?」
「土日?さすがに学校へは来ないぞ」
「なんか予定ある?」
「いや、特にはないが…」
 まさかデートのお誘いか?
「副会長とヨーコちんも暇?」
 僕と無口な会計、田口陽子にもお声がかかった。
「まあ暇だけど」
 僕が返事をすると、田口も無言で頷く。
「んじゃおでかけしようよ。たまには仲良し生徒会で」
「どこへだ」
「青森」
 遠っ!
 だから土日なのか。泊まりか。
「お前バッカじゃないのか。無理だ無理。却下」
「頼むよかいちょーう。どうしても行きたいところがあるんだよー」
 ねーねーお願いーおーねーがーいー。
 そういいながら悟の腕を持って振り回す。
 一見、可愛い女の子が、彼氏に我侭言っているように見えて微笑ましい。
「嫌だ。旅費もない。意味もない。無駄だ」
 意味はあたしにあるんだよーう。そして飯島が続けて言った。

「お金もあるから安心してよー」

 嫌な予感がした。

 きっとみんな感じてる。僕が代表して聞こう。
「ねえ飯島。お金はどこからでるの?」
「サッカー部の外部監督が遠征って申請した日にサッカー部員にデート誘われたから調べてみた。あいつ偽遠征で費用横領してる」
「またかーーっ!!!」
 悟が頭を抱えて叫んだ。
 飯島は悪くない。むしろ正義だ。
 悪いのは横領が多発するこの高校だ。私立だからって舐められてる。
 というか学校側の会計、杜撰過ぎないか?
「ねー頼むよー。ひと仕事したんだよー。疲れた心を温泉で癒そうよー」
 がっくり肩を落とす悟を飯島がさらにガクガク揺さぶっている。
 多分、悟に癒しは必要だろうな。
 温泉with飯島で癒されるかはともかくとして。


 結局僕達は青森に行くことになった。
 飯島の目当てのキリストの墓(怪しすぎる)の前で記念撮影パチリ。
 横領金を横領して部屋ご飯の由緒ある旅館にも泊まった。
 温泉にもゆっくり浸かって、新鮮な魚介類のご馳走をいただいたら、悟もすっきり癒されたみたいだ。切り替えが早くないと、やってられないんだろう。
 人間、順応性が高いのが一番だ。

 翌月曜からはいままで通りの日々。
 悟はサッカー部の新しい監督を見つけるのに、部長と顧問を呼び出して検討したり、僕は新任教師の個人データを作成したり(飯島に渡すと以下略)、田口は横領した横領金の余りで投資を始めたり、飯島は青森の写真を持ってうきうきと掃除に出かけたりしている。
 1年はビクつきながら通常業務をこなす。
 今日も僕らは仲良しだ。

 なんだかんだで忘れちゃったけど。
 飯島の何がおかしかったんだっけ?



副会長の素朴な疑問
僕だけ名前ないの、おかしくない?

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